1|14日前だけで足りるのか
国民投票法105条は、投票日前14日から投票日まで、国民投票運動のための広告放送を禁止する規定です。論文でも、「国民投票の期日前十四日に当たる日から国民投票の期日まで」の間、広告放送をできないと説明されています。
しかし、これは逆に言えば、14日前までは大量のCMを流せる余地があるということです。憲法改正は、国の基本ルールを変える手続きです。最後の14日間だけ広告を止めれば、本当に公平な判断環境になるのでしょうか。
国民投票は、勢いや空気ではなく、主権者が冷静に考えて判断できる制度でなければなりません。
2|CMは冷静な判断を壊すことがある
論文は、105条の立法趣旨について、放送メディアの広告は「国民の感情に訴え、扇情的なもの」となる可能性があり、まったく規制がなければ「国民の冷静な判断を阻害するおそれ」があると説明しています。
ここはとても重要です。国民投票は、商品を買わせる広告とは違います。憲法を変えるかどうかを、国民が直接判断する手続きです。不安をあおる映像、印象に残るコピー、有名人の起用によって、空気が作られる危険があります。
だからCM規制は、表現を消すためではなく、主権者の冷静な判断を守るために必要です。
3|広告料金と放送時間の公平性
国民投票法の審議時から、広告料金や放送時間の公平性について「明文規定を置くべきではないか」という指摘がありました。しかし論文によれば、当時の与党は、それが放送事業者などメディアへの介入につながるおそれがあるとして見送ったとされています。
もちろん、国家が報道や表現に過度に介入するのは危険です。しかし、規制を避けた結果、資金力のある側だけが広告量で圧倒できるなら、それもまた危険です。
国民投票では、広告を出す自由だけでなく、国民が公平な情報環境で判断する権利も守られるべきです。
4|資金力で結果が左右される危険
論文は、国民民主党や立憲民主党から、政党によるテレビCM禁止や、団体の支出上限を求める声が出ていたことを紹介しています。その理由は、国民投票運動のテレビCMが有権者の投票行動に強い影響を及ぼし、資金力のある側がより多くCMを放映できれば「公平さを損なうおそれ」があるからです。
これは国民投票の本質に関わります。憲法改正は、お金を多く使える側が勝つ広告競争であってはいけません。
憲法を変えるかどうかは、資金力ではなく、主権者である国民の自由で冷静な判断によって決められるべきです。
5|広告合戦では国民の議論が壊れる
論文は、広告資金などを規制しなければ、改憲賛成派と改憲反対派による「熾烈な広告宣伝合戦」が起きるという見解を紹介しています。さらに、それを放置すれば「無益な誹謗中傷合戦」に発展し、国民投票が目標とする「国民の論議」が充足されないとも指摘されています。
国民投票は、相手を叩く宣伝戦ではありません。必要なのは、憲法改正案の中身を知り、賛成・反対の根拠を比べ、国民が自分の頭で考えられる環境です。
広告合戦で空気を作るのではなく、主権者の熟議を支える制度が必要です。
6|テレビCM全面禁止も議論されている
論文では、資金量の差を是正するための案として、宣伝活動費のキャップ制、テレビ・ラジオ・ネットCMの回数や放送時間をそろえること、意見表明CMの規制、さらに「テレビCMを全面禁止」とする案まで紹介されています。
ここまで議論されるのは、国民投票広告が結果に大きな影響を与えうるからです。憲法改正は、商品広告ではありません。映像、音楽、有名人、不安をあおるコピーで空気を作るものでもありません。
国民投票で優先されるべきなのは、CMの量ではなく、国民が冷静に判断できる公平な環境です。
7|自主規制だけで足りるのか
論文によれば、民放連は国民投票のテレビ広告について、量的な自主規制をしない方針を示しました。その理由として、「国民の表現の自由を自主的に制限するのは難しい」とし、扇情的な広告放送は「言論の自由市場で淘汰すべきだ」と説明しています。
しかし、投票直前の大量CMが、本当に自由市場で淘汰されるのでしょうか。資金力のある側が大量に広告を流せば、国民が目にする情報量そのものが偏ります。
自主規制に任せるだけでは、国民投票の公平性を守れない可能性があります。法的な透明化と規制の議論が必要です。
8|期日前投票が始まる時点ではCMを止める
論文では、CM禁止期間を2週間にした理由として、期日前投票が投票日の2週間前から始まることが挙げられています。つまり、すでに投票する人が出てくる段階では、有料広告放送はない方が望ましいという考えです。
これは筋が通っています。しかし問題は、その前です。投票の2週間前までに、大量のCMで「変えるべき」「反対すべき」という空気が作られていたらどうするのか。
国民投票は、投票日に近い期間だけ見ればいいものではありません。期日前投票が始まる前から、情報環境の公平性を整える必要があります。
9|意見広告という抜け穴
論文は、国民投票広告を二つに分けています。一つは、賛成・反対どちらかへの投票を呼びかける「国民投票運動広告」。もう一つは、個人、企業、団体が意見を表明する「意見広告」です。
そして論文は、105条で規制されるのは前者であり、意見広告には禁止条項がなく、投票当日でも放映できるため「事実上野放し状態」と説明しています。
これは大きな抜け穴です。直接「賛成に投票を」と言わなくても、実質的に世論を動かす広告は作れます。国民投票法は、この抜け穴を放置すべきではありません。
10|公平公正な国民投票が必要
論文は、国民投票を実施するには「守られるべき条件」があり、「信を問う場が最大限、公平公正であること」だと紹介しています。また、憲法を改正するかしないかの判断は、結局のところ「主権の存する国民の意思」に任されるものだとも述べています。
ここは立場を超えて重要です。改憲派が決めるのでも、護憲派が決めるのでもありません。最後に決めるのは主権者である国民です。
だからこそ、テレビCM、ネット広告、運動資金、SNS、意見広告、報道のあり方まで整える必要があります。国民が自由に判断できる環境こそ、国民投票の土台です。